がらっくです。
とあるネットワークメーカより、次世代のネットワークについて簡単な論文が出ていましたので、読みふけっていました。
感想というと、2〜3年の世の中を想定して書いていました。
わくわくしながらあっという間に読む事が出来ました。
私が約10年前に大学に入り、そこでインターネットに出会いました。
そのときは、ずぶの素人でしたが、今は、とりあえず、NWとSEと人からは呼ばれるようになりました。
最近では、まさか、OracleがSun MicroSystemsを購入するとは思いも寄らなかった。
神様が太陽を購入するなんて。。。
これからは、太陽の輝きが無い暗黒の時代かなと。個人的には思う。
空を見上げると大変なことが起こっているが、私の身の回りをみてみると。
私がインターネットに出会ったときの衝撃といったら、素晴らしかった。
海外とつながっている感覚。
人とつながる感覚ってのは、人間の根源的な欲求だと思う。
そして、何かを見たい。これも根本的な欲求の一つだと思う。
以前のインターネットの帯域は、数百kbps〜数Mbpsだったと思う。
しかし現在では、ストリーミングなどで、10〜数百Mbpsにはなってきている。
末端で使用する帯域が10年で約100倍。。
これからは、指数関数的に増えると予測される。
それを処理するにはどうしたらいいのだろう?
それに対する解決策は。。
私は、ネットワークだと思う。
ネットワークこそ、この世の中に必要なもの。車は化石燃料が無くなったら動かないが、情報を載せる手段としてネットワークは、形はどうあれ残る。
そのネットワークが姿を変えてこの世の中に現れている。
それは、仮想化。
仮想化はその最たるものだと思う。
手前味噌ではあるが、私は、仮想化の資格を昨年取得した。
これからは、ますます仮想化は当たり前の技術になりかつ、浸透すると思う。
その加速的な状況について行っている人はいるだろうか。
以前の考えだと。箱が売れなくなる。という考えの人はいないだろうか。
少し考えを変えて欲しい。
箱を10個買うよりも1台で10個OSが簡単に動く場合、10個のOSには潜在的に価値観が眠っている。しかも箱10個は、箱10個でしかないが、仮想化の場合10にも100にもなる。(少し大げさかもしれないが)これは、言い過ぎでは無く現実として横たわっている。
つまり、以前は、部署単位で1台のサーバだったのだが、これからは、一人1サーバとなる時代がくる。
これはつまり、各人個別の専用機を与えられたようなものだ。
これは、個人の自由の裁量によりより自由に扱えるということだ。
この自由とは、市場に対して価値を持つことと同義だ。
これは、プログラミングにも当てはまる。
10〜20年前までは、COBOLやPascalといった、現在からは考えられないような言語が当たり前だった。ところが、今では、COBOLやPascalはあまり見かけなくなった。
それよりも、Javaなど保守メンテに非常に時間を費やすようになっている。
COBOLやPascalからJavaへと移行する際に、移行に乗り遅れた人は、今現在何をしているのだろうか。マネージャや管理職へと進んでいるのだろうか。
しかし、その人たちの技術力は、その時代のものとなっていないだろうか。
そして、それこそが、新技術に対して足枷となる原因だと思う。
どんな世代にせよ、自分の力量を上げる努力はするべきである。
何でも良いと思う。自分の力量を上げるためには、ほかを犠牲にするのはどうかと思うが。
本を読む。
人と話す。
人に興味を持つ。
何でも良いと思う。
さて、このブログは個人のブログに過ぎない。
VMware社からvSphereという新製品がでた。この製品の意味するところは劇的に変化する所だ。
Fault Tolerantをソフトウェアで実装するという大きな試みが刺激的だ。
これにより、落ちないシステムを構築する事が可能になった。
MSのOSが5から6,7へ変わったのとは大違いだ。
また、どこかの仮想化製品とは5年ほどの技術力の差を見せつけている。
このブログのタイトルに近い名前のものがある。
すふぃあ = まるいもの。美しいもの。完全球形。
「すふぃあ」とは、いままでの歪な関係が美しくなるもの。
2009年4月26日日曜日
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